【この記事に登場する人】宇野博武(うの・ひろむ)。2012年徳島大学総合科学部卒業後、Jリーグ徳島ヴォルティスにてクラブスタッフとして従事。筑波大学大学院にて体育学修士を取得後、高松大学経営学部助教を経て現職。プロスポーツビジネスを研究。応援の一体感、楽しいイベント、おいしい食事、そしてアスリートの高い競技力。プロスポーツの楽しみ方は多様だ。しかし、多様であるがゆえに、スポーツチームはだれに対してどのようにイベントを作り上げていくべきか頭を悩ませる。徳島ヴォルティスでの勤務を経て現在プロスポーツビジネスを研究する宇野博武先生に話を伺った。-ファジアーノ岡山の事例研究では、大学生向けイベント「Fagiversity」をテーマにクラブスタッフの方の声や企画の経緯が詳細にまとめられています。スポーツ観戦になんとなく存在する「正しい楽しみ方」みたいなものを更新しないといけないという課題感に基づいた研究でした。「正しい楽しみ方」といった絶対的、中核的な価値に固執する考え方を「本質主義」と呼びます。当時、ファジアーノ岡山では、この本質主義にとらわれずサッカー、スタジアムを広くエンタメととらえることで、大学生向けイベントを実行し成功を収めました。-Fagivercity成功の鍵は何だったのでしょうか?クラブスタッフの方による既存の考え方に縛られない柔軟な発想だと考えています。クラブの事業をサッカーにとらわれず、どのような理由でも人と人との関わり合いが生まれる「エンターテインメント」つまり「楽しいもの」と柔軟に定義することで、大学生やハロウィンをテーマにした新規なイベントが数多く実施され、これまでにない楽しい空間をスタジアムにつくりだすことができました。また、ファジアーノ岡山はクラブ全体の方針として、意味の認めがたい無料チケットの配布を制限していたにもかかわらず、同イベントでは大学生を無料招待することも大きな動員につながりました※。この無料招待の背景には、岡山県には大学が多いにもかかわらず、大学生の入場者比率が比較的低いという課題認識がありました。この課題認識が魅力的なマーケットへ上手くアプローチできていないという前向きな発想に読み替えられていたのです。さらに、クラブ内での議論の末、「大学生」の捉え方も柔軟に読み替えられていました。大学生も広い意味では子どもに含まれるのではないかと考え直されることで、「子どもたちに夢を!」というクラブ理念の範囲が拡張されていました。これにより、大学生の無料招待もクラブ理念に基づいた意味がある招待だと合意形成され実施に至りました。※前年来場者の大学生年代の割合が2.3%だったが、試合当日は大学生が約10.9%を占めた。-なぜ柔軟な発想を持つことができたのでしょうか?クラブ発足当初、地元の住民からの支持を集めるのに苦労し、集客にとても苦戦したと聞いています。そのときに住民と徹底的に対話を行った中で、サッカーだけにこだわらずさまざまなかたちで楽しんでもらう方法を追求する姿勢がクラブに根付いたようです。私の考えでは、見方によればプロスポーツそれ自体は他人が体を動かしている運動現象そのものです。ファジアーノ岡山は、そこにどういうストーリーを付与するか、色をつけていくかというスポーツビジネスの一つのかたちを上手にやっているなと感じます。-私からみると、Fagiversityでは、クラブの勝利が第一という価値観のサポーターにとっては違和感を覚える施策もあったように思えます。クラブスタッフの方々は企画当初から、一面では疑問を持たれる可能性を考慮していたようです。しかし、「新しい文化をつくる」という目的をクラブ内で明確にしていたため、さまざまな見方の意見にも向き合うことができていたのではと思います。当然クラブの勝利が第一であるという楽しみ方も排除されるべきではありません。「何でもあり」という考え方に固執するのもまた本質主義的であるというジレンマもあります。-本質主義を恐れすぎるとチーム・クラブとしての方向性がわからなくなってしまうリスクもあると感じます。クラブの勝利に興奮することも、エンタメとして楽しむこともプロスポーツクラブが提供する中核的な価値です。このように複数の価値が併存し、新たな価値が生まれる可能性が開かれている状態を、論文の中では「連峰状のプロダクト概念」と表現しています。(引用:ファジアーノ岡山スポーツクラブにおける新事業「Fagiversity」の事例研究:「みる」スポーツプロダクト概念の再検討)クラブの立場としては、サポーターやスポンサー、地元の住民などクラブが異なる立場の人と対話し続けることでその複数の中核的価値を認識し、運営に生かしていくことが必要だと考えています。<取材・文>佐藤大輔(Spoship編集部)【関連リンク】武庫川女子大学 宇野博武 講師紹介ページ